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恋人になったばかりの時期が一番楽しい、とよく聞く。たしかに。
毎朝、g、o、o、d、m、o、r、n、i、n、gと打つ指がすでに楽しい。通勤中、夫とのLINEを見返してドキドキするのが楽しい。お昼休み、「I ate Sushi.」と幸せそうな夫からの報告が楽しい。定時が近づき、夫ともうすぐ会えると思うと、そわそわして楽しい。退勤ボタンを押して、急ぎ足で待ち合わせ場所に向かう時間がうきうきして楽しい。恋をすると、それだけですべてが楽しい。夫を好きで、夫も自分を好きで、その事実がなんでも「楽しい」に変えてしまうのが楽しい。
待ち合わせ場所に、夫が見える。
髪の毛変じゃないかな? 歯になにも挟まってないよね? 鼻の穴から何もでてないよね?
しかめ顔のママの背中をすり抜けてやってくるのがMajiでKoiする5秒前の広末なら、髪の毛や歯や鼻の穴を気にしてやってくるのがMajiでKareに合う5秒前の私なのだ。
私「Hi~! ごめんね待った?」
夫「Hi. 待ってないですよ」
私「good.」
夫「yeah. so,how are you?」
……出た。本日のhow are you。5秒前の広末と私がどこかへふっとんでいく。
中学で習った「I’m fine, thank you. And you?」は、間違いではないけどもネイティブはあまり言わないとかかんとか。じゃあなんて返せばいい?
付き合って数か月。英語での会話やLINE、ごはんデートは寿司屋ばかりなのは慣れてきたが、会うたびに言われるこの言葉にはなかなか慣れないでいた私。
そういえば国際恋愛をしてみて、気付いたことがある。それは、なんでも翻訳して考える「翻訳脳」のせいで、逆に相互理解が難しくなったり、違和感が起こるというものだ。
例えば、how are you? は、日本語にすると調子はいかがですか? とか、元気? だが、私たちは同じような挨拶はしない。日本人があいさつで使うのは「天気」だ。おはようございます、いい天気ですね、今日は寒いですね、みたいな。
ネイティブスピーカーの「how are you?」とは、われわれで言う「今日はいい天気ですね」と同じなのだ。挨拶だけでは味気ない会話に振る、塩コショウ。それが英語では「how are you?」であり日本語の「いい天気ですね」。このことに気づくまで、私は1年もかかった。
それまではずっと、「お腹が痛くて下痢してるっていうべきだろうか」とか「生理前のPMSで頭痛もするし、腰も痛いし最悪な気分って言っていいものか」など本気で悩んでいた。だが返事はシンプルでよかったのだ。いい天気ですね、に「そうですね」と適当に返すように、「I’m good(元気だよ)」「Not bad(悪くないよ)」「So so(まぁまぁだよ)」とかで。
わざわざ翻訳して考えない、という考え方は、マレーシア大使館で働いていた母からのアドバイスだ。たとえば“I have butterflies in my stomach.”というフレーズ。直訳すると、「お腹に蝶がいる」だが、緊張して落ち着かない、そわそわするという意味だ。お腹の中に蝶がいたら、落ち着かない気持ちになるだろうが、日本語にはない独特の表現だ。このように、英語には日本語とは違う感性、表現がある。それを翻訳しようとすると無理解や違和感が起こる。そのことに、夫と付き合ってから気付いたのだ。
私がネガティブになると、夫がよくこう言った。
「その考えはゴミ箱に捨てて」
英語にすると、
“You should trash the idea.”
英語では一般的に使われる言い方。でも日本語にすると、なんだかおかしくて笑ってしまう。
ほかには、こんなことも言われたことがある。
私はドスドスと歩くらしく、「怪物の歩き方やめて」。
私が立てかけたり、ちょい置きしたものが、必ず後で崩れて落ちるので、
“Don’t make a ghost.”(おばけ作らないで)
怪物(monster)とかおばけ(ghost)とか失礼な。でも絶妙にぴったりくる表現に、思わずIPPON! と言いたくなる。あいつ、なかなかやるな。
私は日本人で、夫はアメリカ人で。言葉や文化の壁を感じるときは正直ある。だが、それが障害に感じないのは、私の中にまだ広末がいるからだ。
夫と出会って8年、結婚して4年。私は夫にMajiでKoiしているのだ。
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次回もぜひお楽しみに。
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