「ギャップ」を埋めずに食べてみた。

~ アメリカ人と結婚した筆者が綴る、「ギャップを楽しむ2人」のスパイシーライフ~

同棲しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと同棲したいのです。

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先日、別居婚をしてから家庭が円満になったという人のインタビュー記事を見て、別居婚というスタイルがじわじわと人気になっていることを知った。

そういえば、私の親友まりな(なれそめ1話登場)も、「相手の親と同棲とかはめんどくさいからできれば別居婚したい」と言っていたっけ。

たしかに、好きな人といえど、四六時中ずっと一緒なのはストレスのたまることだ。私もかつて、夫の希望で週5日会っていたとき(恋人時代)は、乙女の恥じらいからおならや大を我慢しすぎて、心の中で「シモのフリーダム」を叫んだくらいである。

だから、どんなに愛していても、「自分の時間が欲しい」という気持ちはとても分かる。

……分かるのだが、酸いも甘いも、クサいもうざいも乗り越えて、なんやかんや同棲をエンジョイしている私たちがいたりする。「同じ釜の飯を食う」という言葉があるが、同じ屋根の下で暮らし、毎日毎日同じ物を食べるという行為を繰り返すのは、夫婦としての絆を深めるようである。

かれこれ、夫と同じ釜の飯を食べて5年になるが、「夫にとって朝食は、1日の気分を決めるとても大事なものであること」「卵は2個、スクランブルエッグが一番好きなこと」「夫にとってコーヒーは味噌汁みたいなもの」ということを知った。そしてここをおさえとけば朝から機嫌がいいことも。

すっぱいフルーツが好きで、キウイやブルーベリー、ミカンは、すっぱければすっぱいほど喜ぶということや、「お寿司」の一言でテンションが爆上がりするということも知った。

夫と結婚してから、私の世界は広がった。それまで好んで食べなかった寿司だが、あまりにも夫がおいしそうに食べるので食べてみたら、お寿司の沼にハマってしまったほど。えんがわがこんなにおいしいなんて。あやうく知らずに死ぬところだった。

この時期はスーパーでミカンを見るたびに、どれが一番すっぱいかな、と時間を費やして選び、夫がうれしそうに食べる姿を想像しながら帰るのが愛おしい。夫を思って心がうきたつことが、とっても幸せなのである。

「食べ物」だけではない。「苦楽」というなの釜も、共に味わってきた。

子育てをめぐって揉めたり、相手の求める「理想の母像」に苦しんだのがそれだ。

「子どもが3歳になるまでは、なるべく母親のそばで子どもの面倒を見てほしい」夫と「月に1度でもいいから託児を利用して子どもと離れる時間が欲しい」私の仁義なきバトルは壮絶だった。

長女が1歳5か月のとき。終わる兆しの見えない授乳に、毎晩の夜泣き、そしてそんなタイミングでの2人目妊娠。つらいツワリに耐えながら、長女の面倒を見るのはもう限界だった。

「一時保育を利用したい」

夫にそう伝えた。心の底から絞り出した要求だった。

だが、夫の返事は

"Why You don't ask your mom for help?"
(お母さんに助けに来てもらったら?)

だった。

家族に子守を頼んだ経験のある人なら分かると思うが、身内にお願いするのと、プロに見てもらうのとでは、精神的負担が全然違う。

身内だといろいろ気を遣わなくてはいけないが(相手の都合や謝礼はどうするなど)、これが意外に大変で、煩わしいのだ。うまくやらないと揉めて今後の家族づきあいにも影響がでるのでバカにできない。

いっぽうプロであれば、お金を払っている分、あちらもこちらも割り切って利用できるし、付き合える。どこに行くの、何をするの、といった余計なことは一切聞かれないし、あんたは恵まれているわね、私の子育て時代は……といった愚痴を言われることもない。罪悪感やうしろめたさなどを感じることなく、心置きなく母子分離時間を過ごせるのだ。

産後のお手伝いなど、母にはよく手伝ってもらいとても感謝している。だが、臨月まで働き、産後も1か月で職場へ復帰し働きながら3人を育てた母からしたら、どうしても私は甘えている、苦労していない、そんな風に見えてしまうようだ。

私に対するそういった大なり小なりの否定的な気持ちを、母に子守を頼むと感じてしまう。せっかく子どもと離れているのに、その時間を楽しめない。だから、私は託児サービスを利用したいのだ。

だが、夫はそんな私の気持ちや、母との子育てギャップについてイマイチよく分からない。それは、しょうがないことだと思う。実際に私だって、私と母の間に「子育ての壁」「母親の壁」があることを、出産してから知ったのだから。

でもせめて、夫との間に立ちはだかる、「子育ての壁」「母親の壁」は無くしたい。だって私は夫のことが大好きで愛しているから。これからも仲良く一緒に生きていきたいから。実母との「子育ての壁」はあっても親子関係に支障はないが、夫は一緒に子育てするパートナーだ。

幸い、その思いは夫も同じだったようだ。

どれだけ「子どもと少しだけでも離れたい」と訴えても「3歳まであと少し頑張って欲しい」と譲らなかった夫だが、次女が生まれてから少しづつ変わっていったのだ。

出産後、ガッツリ3週間有休をとった夫は、一緒に育児の前線で戦った。仕事に戻ってからも定時で帰宅し、おむつ替えや寝かしつけを率先して引き受けてくれた。(長女のときは転職したばかりで大きなプロジェクトも抱えていたため、育児参加は次女に比べて少なかった)

育児に当事者としてとことん向き合ったおかげだろうか。あんなに頑なにNOだった一時保育を「たまになら利用していいよ」と譲歩してくれるようになったのだ。

あまりにびっくりして、「明日カトリーナ(2005年にアメリカ東部を襲った大型ハリケーン)が日本に上陸するのでは?」なんて思ったほどだ。

だが、当時私たちの住んでいた神奈川県川崎市は保活激戦エリアだった。月一回の一時保育利用さえ、空きがなければ取れないこともザラな地域である。せっかく夫がいいよといってくれたのに、一時保育を利用できないかもしれない。

けど、「それでもいいや」と思った。それほど、夫の言葉に救われた。ずーと抱えていた心のモヤモヤや、夫に対する激しい怒り、落胆、悲しみ。そういったどろどろした感情がずっと欲しかった言葉をもらえたことで、すーっと消えしてしまったのだ。

それと同時に、夫に感謝する気持ちがわっと湧いてきたのである。

夫も疲れているだろうに、毎晩“Give me a baby”と次女の寝かしつけを自分から進んで引き受けてくれること。「疲れたからご飯を作れない」と言っても、嫌な顔せず「オーケー、じゃあ寿司にしよう!」と答えてくれること。腰や肩が痛いと言うとマッサージをしてくれること。

日々余裕がなさ過ぎて見落としていた大切なことに、心に余裕ができたことで気付いたのだ。

育児は大変でつらいこともある。でも、独りじゃなくて2人で立ち向かえば、大変なことは半分になる。体力的負担だけでなく、心理的負担もだ。夫が育児の大変さを身をもって理解したことで、私の心理的負担が軽くなったのだ。

これぞ同棲の醍醐味、「同じ釜の飯を食う」である。私たちは育児と言う名の苦楽を共にしたことで、二人三脚で歩くことが上手に、「チーム・パンジー夫婦」としてひとつになれたのである。

***


超有名なCMのキャッチコピーに、「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです」というのがある。

私はそれをちょっともじって、こう言いたい。

「同棲しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと同棲したいのです」と。

別々に暮らして個々を尊重する関係もいいけれど、私は同じ速度で同じゴールに向かう関係を、夫とこれからも築いていきたいと思うから。

***

次回もぜひお楽しみに。

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